CASE STUDY

導入事例

公益社団法人石川勤労者医療協会 城北病院

NOBORIによる2回目のPACS更新

田淵センター長(左)放射線技師 渡辺リーダー(右)

放射線科 科長

坂倉 正樹氏

導入経緯についてお聞かせください

当院は2002年に電子カルテとテクマトリックス社製のPACSを導入、同時にフィルムレス運用を開始。次に2004年にレポートシステムを導入、読影環境を整備しました。

その後、2007年、2010年にハードウェア更新、システム全体のバージョンアップ。昨年2012年に、2回目のハードウェア更新の検討をしている際に、テクマトリックス社よりクラウド型PACS/レポートシステムであるNOBORIの提案を受けました。

従来とは仕組みが大幅に異なるシステムの導入に踏み切った理由としては、月額利用料であることにより更新時にかかる費用を抑えられることもありましたが、単純なハードウェア更新より5年間トータルで費用を低く抑えることもできたため、NOBORIの導入をすることになりました。

NOBORIの導入に際してどのような点を検討されましたか?

今までは、院内にサーバを設置し全ての画像データを保存する一般的なPACSでしたが、NOBORIはサーバレスで院内には専用のNOBORI-CUBEに400GB程しか画像を持たず、残りの画像は全てクラウド上のデータセンターにある仕組みでした。

オンデマンドにデータセンターにしかない画像を取りに行くことはできるものの、従来より画像表示スピードが落ちると医師からクレームが来てしまうことが心配でした。そのための解決策として、NOBORIのSmart Retrieveという仕組みをうまく利用できないかを重点的に検討しました。Smart Retrieveは、電子カルテで入力された外来オーダーや入院退院情報、来院受付、モダリティからの画像受信といった情報を基にデータセンターから診療に必要なデータを400GB程のNOBORI-CUBE内に先読みする仕組みです。

この先読みのルールとして、最初にテクマトリックス社から提示された標準的なルールは、大きく3つでした。(1)当日の予約患者の過去データを3年分、前日夜間に事前取得する。(2)予約外で当日撮影のあった患者に関しては、受付・当日の撮影が行われた情報をキーに過去画像を事前取得する。(3)NOBORI CUBE内の容量閾値を超えたら取得した順番が古いものから(NOBORI CUBE内から)消去するが、入院患者分は退院するまでロックしておく。

当院の運用を踏まえて検討したところ、事前に検査プロトコールを検討する事が多いとの意見が出た。予約患者の過去データも参照するため、(1)のルールを変更する必要があった。結果、ルールをカスタマイズし、1週間後の予約患者データを夜間に事前取得する、というルールに変更しました。

実際に運用開始してみて院内の反応はいかがですか?

最初は上記のルールから外れてしまい、遅いというクレームも少しは上がるのではと心配していましたが、実際に運用開始してみると特にクレームは無く、全体としては従来より画像表示スピードが速くなったと高評価でした。これは院内のNOBORI-CUBE内のストレージがSSDを使ったディスクレスの仕組みを採用していることにより速度アップが図られた為です。また、院内CUBEにデータがなく、オンデマンドにクラウドへ直接取得しにいった場合も、院内にある画像に比べれば遅いのですが、胸部レントゲン1枚で2~3秒で参照可能です。

サーバラックの一部分に収まったNOBORI-CUBE

放射線科内の運用面での変更点としては、NOBORIの検像システムも今回同時に導入しました。従来はCRメーカーの検像システムによりCR画像のみ検像を実施しておりましたが、NOBORIの検像システムにより、全モダリティ検像が可能となったため、CT,MRIの検像も開始しました。間違ってThin-SliceデータをPACSに送ったりすることによる不要なトラフィックを防止することができています。またNOBORIの検像システムは、前回データを自動表示しての検像業務が可能になっているため、効率良く業務を行うことができています。

検像システムの運用風景

今後について、どのようなことをお考えですか?

法人では16の医療機関がありますが、システムは統合されていません。将来的には関連施設のシステムを統合して、患者様毎に透過的に診療データを参照し、更により良い医療サービスを提供していくことができれば、と考えています。

公益社団法人石川勤労者医療協会 城北病院

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1956年、金沢市京町で開設、高度な医療要求に応えられる技術集積と教育、研修機能を備えながら、地域の病院としてのかかりやすさを追求しています。「もっとも弱い立場の方に寄り添う医療」や「いつまでも安心して住み続けられるまちづくり」をスローガンに地域に溶け込んだ形で発展してきました。